お知らせ

2022/12/30

「センス・オブ・ワンダー」 再び


昨年の11月の園だよりの私の文を読み直し、自画自賛ですが北見北光幼稚園の保育を言い当てていると思いましたので、再掲させていただきます。

レイチェル・カーソンの表題の本をしばらくぶりに読み直し、自分の保育観の拠り所を確認しました。

10月は園児募集の時期で多くの入園希望者の方が見学にいらっしゃいました。私なりに一人ひとりに丁寧に園舎の説明をしたり、保育の考え方を説明したりしています。殆どの方はホームページを見られており、“子ども中心”“遊びを大切にした保育”に共感されての見学ですので、できるだけその実態を伝えるようにしています。

そんな時、根拠となる保育(教育)観や発達観に基づいてお話しさせていただいています。それは、本書の言葉を借りれば、「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。」という子ども観です。その子ども観を実現するためには、豊かな環境(自然、遊具、材料)が必要だというのが私たちの保育観です。また、『生まれつきそなわっている子どもの「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」をいつも新鮮にたもちつづけるためには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります。』ともあり、感性豊かな保育者の存在がとても重要であるというのが保育者観です。乳幼児期に関わる保育者は、共に感じ合える存在なのです。教えることには極めて控えめであることが肝要だと思うのです。「消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。」

確かに幼児期後半になると、知識を求める力も徐々についてきますが、あわてずにしっかりと知識を生み出す土壌を耕してやりたいと思うのです。

『わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。』という主張に共感しています。                     園長 吉田耕一郎

(センス・オブ・ワンダー レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳 新潮社)